「東大に行ったからには、
小さいころから英才教育とか知育を受けていたんでしょう?」
昔からよく聞かれる質問です。
だから、
私は、「知育」という言葉が大嫌いでした。
自分が親になるまでは。
「自分はそんな教育を受けていないし、
それでも東大に受かった。
知育といっても、
何を指しているか、全然わからない。
知育なんて無意味だ。」
そう思っていました。
自分が親になるまでは。
しかし、自分が子供を持って、
目の前の、何も知らない子供に何かを教えるにあたって、
いざ自分の子供時代を振り返りました。
私が子どものときは、
「知育」という言葉自体はなかったかもしれません。
ただ、
知育に近いことを親がしてくれていたのだと
実感するようになりました。
ただ、それは
英才教育なんてものではなくて、
誰にでも可能な「子育て」です。
例えば、自分が物心ついた時には、
電車が大好きで、
そんな私のために、
駅に、毎週のように連れて行ってくれました。
私は小学校低学年で、
100人以上の伝記を読んでいました。
偉人の人生に思いをはせるのは楽しい時間でした。
いつの間にか本が好きになっていましたが、
今思うと、その伝記がうちにあったのか、分かりません。
確かに大人用の本はありましたが、
子ども用の本は、
その伝記くらいしかなかったからです。
今ならわかります。
私が少しでも興味をもったものを、
親が毎週本物を見せてくれようとしていたこと。
そして、
私が興味をもった本を、
親が揃えてくれていてくれたこと。
つまり、うまく”誘導”してくれていました。
私は、これこそが「知育」だと思います。
ただ、いざ自分が親になると、
それがなかなか難しい。
子どもが賢くなるための家庭での教育とは?
そして、何をやらせるか?
どう教えるのか?
将来的な賢さと、知育がどう結びつくのか?
いろんなギモンを持ち、
考えました。
まずやったことは、
夫婦で話し合うこと。
そして、
3つのことを取り決めとして、
子どもたちに教えていくことにしました。
- 頭だけでなく、体も動かす
- 本人の興味を伸ばす
- 他人ではなく、昨日の自分と比べる
今は、
この3つを心がけ、
2人の娘を育てています。
頭だけでなく、体も動かす
知育と言っても、
頭でっかちではなく、
からだを動かすことで得るものが多いと思います。
特に小さい頃は、
座ってお勉強よりも、
しっかり体を動かすこと、
手でいろんなものを触ることが大切です。
脳生理学者によりますと、手を使うことは、手そのものの器用さを増すことはもちろんですが、実は、脳そのものの発達をも促すというのです。
「不器用っ子が増えている―手と指は[第2の脳]」 より
とあるとおりです。
知育おもちゃ
知育おもちゃというのがたくさん出ています。
何を狙ったものなのかを明確にして、
子どもと遊ぶことが大事です。
例えば、
「くみくみスロープ」という公文の知育玩具があります。
(うちも買いました)
出来上がったスロープに、
ボールを転がして、
それを子どもは面白がります。
ただ、もっと大事なことは、
どのような小さな完成品であれ、
子どもが自分で作り上げることです。
そして、見本通りにできなくても、
子どもの想像力を発揮して、
その子だけのスロープを作ることです。
見本を見せて、
同じものができなくても、
自由な発想でくみ上げたもので、
ボールを転がせばいいのです。
それが頭を動かし、
手を動かす知育になります。
しかけ絵本
そして、ある程度大きくなって、
2才くらいになったら、
しかけ絵本はオススメです。
読むだけでなく、
手も動かしながら、
頭も使うということを意識しています。
このように、一つの絵本を読む、ということでも、
読むだけでなく、
手も動かしながら、
頭も使おうということを意識して、
子育てしています。
旅行
他にも、日常生活ではできない知育として、
「旅行」があげられます。
そして、旅行に行けば、
いつも見えないものをどうとらえるのか、
どう説明するのか、
その方が大事です。
例えば、車で移動するとき、
車内でテレビを見るのではなく、
・風景からいろんなものを考える
・看板の漢字テストを出す
・いつも住んでいる場所とは違うことを考える
など、いくらでも子どもを刺激する旅行はできます。
私が長女にクイズばかり出すものだから、
ママから、
私も小さいころ、
そんなクイズばかり出されていたよ
と言われました。
そうやって、知育とまではいきませんが、
脳を刺激されていたのだと思います。
もちろんぐずったときや、
渋滞でどうしようもなく飽きたとき用に、
テレビやDVDを見るのは仕方ないとは思います。
うちではそういうものは最小限にして、
なるべく、子どもと外の景色などについて
話すようにしています。
本人の興味を伸ばす
自分の子供にはピアノを習わせたい、
サッカーをさせたい、などいろんな親の欲望があります。
私も男の子が生まれたら、
一緒にキャッチボールがしたいから、
野球をやらせようなどと妄想していました。
親がやらせたいことと、
子ども本人が本当にやりたいことは、
基本的にはミスマッチします。
これをやらせたいと思って、
習い事にいっても、
全然子どもは乗り気ではなかったり。
逆に、親は興味がないことでも、
友だちがやっているのを聞いて、
自分もやってみたいと言うようになったりします。
ピアノ
例えば、我が家は
長女にピアノを習わせたいと思って、
カワイの教室に行っています。
それも、「たまたま」ピアノに食いついただけなので、
もし本人が興味がなければ、
無理して通わせることもなかったと思います。
他にも、スイミング、体操教室に行きましたが、
本人があまり乗り気にならなかったので
やめてしまいました。
運動系は別の教室に通っています。
これも少し体験をさせてみて、
本人が続けたいというのでやっています。
この間、バイオリンのコンサートを聴きに行ったら、
「バイオリンもやりたい!」と言っているので、
悩ましいところです。
習い事は、勉強系と運動系の1つずつ、
2つが適量かなと思っているからです。
経済的状況や、共働きかどうか、などによって、
どれくらいの習い事ができるかは違いますが、
親がやらせたいことよりも、
子どもの好きなことをやらせましょう。
他人ではなく、昨日の自分と比べる
子どもにとって、
比べるべきは、他人ではありません。
比べるべきは、昨日の自分です。
「昨日の自分からみて成長したかどうか」。
うちでも、
何かやったときの感想はそれだけを述べています。
「〇〇ちゃんより上手だ」とか、
そういうたぐいのことは言ったことがありません。
その代わり、昨日の自分に比べてできたところは、
大げさなくらいほめています。
東大卒アンケートでは、
「東大卒ママたちに教わる東大脳を育てる3歳までの習慣」より
テストの点(偏差値)について、
親が他人と比較してほめたり怒ったりしていたという回答は8%以下。
とある書籍には書かれていました。
今思うと、私も、
親から、他人と比べてテストの点がどうだったかと
言われたことは一度もありません。
まとめ
我が家では夫婦で話し合い、
3つのことを取り決めとして、
子どもたちに教えていくことにしました。
- 頭だけでなく、体も動かす
- 本人の興味を伸ばす
- 他人ではなく、昨日の自分と比べる
今思うと、
私は親にうまく”誘導”されて、
いろんなことに興味を持ち、
深く学ぶことができました。
私も、そのような「知育」を目指していきます。
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育児に正解はないので、
我が家も悩みながらの日々です。
そんななか、以下の本はとても参考になりました。
(うちのママは著者ではありませんが)
子どもに接するときの
いろんな「アイデア」が書かれています。
もちろん書かれている全てをやるのは
無理なので、
「これはうちの子にあっているかも」と
思えるものだけでも、
やってみてはいかがでしょうか?
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